1人で生きていく。
「あなたと一緒にいなくても
私は大丈夫。1人になるだけだもん。
少し、寂しくなるくらい。
少しだけ寂しいまま、
1人で生きていくくらい。
大丈夫よ。気にしないで。」
別れ話をするつもりの最後のデートで
何か悟ったような顔をして
君は僕にインスタントカメラを渡した。
「いつか私のこと忘れた時
私と居た時間も、見た景色も
何もかも忘れた時
不意にこのフィルム現像して
今日のこと思い出して。
それが私の悪あがき。かわいいでしょ。」
なんといえばよかったんだろう。
君は僕によく
「ずるいね」って言ってたね。
そんなつもりじゃなかったのに
こんな気持ちにさせてたのか。
そんな哀しい顔をして
そんな可愛いこと言うのは
ずるい。
「今日のデートでそのカメラの38枚、全部撮ってね!」
無理に明るく振舞った君を見て
ぐっと涙が溢れそうになったから
隠すように目にカメラを当てて
撮った。
パスタを頬張る口元。
長いまつげ。
僕とおそろいのピアス。
細く長い指先の秋色ネイル。
最後になるだろう、繋いだ手。
普段見落としていたような
君の細部を、今更よく見つめるなんて。
僕は本当に君に相応しく無い彼氏だった。
「今日は楽しかったありがと。
今日も。か。」
君はへへっと笑いながら、
まだ終電には早い23時の駅の改札で
別れを飲み込んだ顔をした。
さよなら、今までありがとう。
「こちらこそ、ありがと。
フィルム、すぐ現像しちゃダメだよ!じゃあね!」
と最後まで明るく手を振って、
改札を通った君を見送って以来、
僕は彼女に会っていない。
すっかりそんなことを忘れた数年後、
僕は不意にそのフィルムを手に取り
うっすら彼女のことを思い出した。
あぁ、そんな彼女もいたなぁ
なんて失礼なこと思ってしまった。
現像して出来上がった写真をみて
あの頃の思い出が断片的に、
しかし鮮やかに息を吹き返した。
1枚だけ、なんだろう、と思う写真があった。
あの時渡されたインスタントカメラは
39枚撮りだったんだ。