溶けるまで
“ねえねえねえ。夏のせいにすればいい、って歌あるの知ってる?甲高い声で歌うの。”
知ってる。3年前くらいに好きだったバンドの曲だ。
好きだったバンドの新曲は、全く知らない。
好きだった人のために好きになったバンドだった気がする。
“季節のせいにするの、季節の奴隷だよね。春には花見、夏には海、秋には,,,何?紅葉?、冬はクリスマス。いやなんだよね決められた4つを通って1年終了、また大晦日、みたいなの”
ふーん。と夏にしっかり公園で半分に割ったチューブアイスをくわえる君を見ていた。
まだ蝉が鳴かないだけましだった。
梅雨が明けたのかどうなのかわからない、暑さの真似事をしたような気温の夜。
試しに『今度どっかいく?湘南とか。まあ映画でも良いけど』と下投げの緩い言葉を投げてみた
“え!いきたい!映画も行きたいけど、いってくれるの!ほんと!?”
打った。フルスイングで。
いつ?いついく?車?と続けざまに重ねる口調がかわいかった。
『いろいろ考えとくね』
そう言うと君は唇をぐっと中にしまって大きくうなずいた。
犬のしっぽのようだった。
悟られないように、悟られないようにとしていたのが伝わる。
僕たちには街灯の下で歩くくらいの思い出しかない。
それを思い出と呼ぶのかは分からない。
きっと都合のいいことを言って、僕は湘南にはいかない。
僕たちには名前がない。
僕には名前があって、君にも顔に似つかわしくない名前がある。
だけど僕たちには名前がない。
夫婦でもない、彼氏彼女でもない、男女の友達、でもない。
誕生日聴いた気がする。冬、だった気がする。
富山出身だっけ。この前言ってた気がする。
お父さん学校の先生?だっけ、なんかうっすらと。
全然そういうの覚えられなくて、
どうでもいいことばっかりが礼儀正しく並んでた。
緑茶より麦茶が好き
歯ブラシを噛む
髪を少し濡らしたまま布団にもぐりこむ
寝る直前までカラコンを外さない
背中を向けて眠る
朝起きると背中にくっついてる
嬉しい事が有ると唇をぐっと結んで眉をあげる
癇に障る事が有ると“ねえ”って三回繰り返す
別れ話が、下手
別れたいんだけどなんて言えば良いか分からない
と泣いてた君は
もう僕とこんな感じで3ヶ月
散った桜を避けて歩いていた君をかわいいと思った
海にいこうかと口に出すとしっぽ振っている君をかわいいと思った
そんな君に、そろそろ別れ方を教えてあげなきゃ
『君がさよならを言いたくない人、には、僕はなれなさそうだから。』
チューブアイスは、夏のせいで溶けていった