D.C(da capo)
あの日から続いていたラインを、ついに既読で終えてしまいました。
思い返せば2年前の4月、散り始めの桜を見ておこうと、知り合いの1人しかいないお花見会に参加したことからです。
『桜って苦手なんです。みんな5月、6月、だんだんと春から遠ざかって、
花びらを纏わない桜の木のこと、なんとも思わなくなるでしょ。
華って一瞬なんだなって、自分に言い聞かせられてる気がして。
あ、いや、僕に華があるとか、そういうことじゃないですよ?』
と申し訳なさそうに笑う貴方に恋に落ちました。
正確にいうと、落ちてしまったんですね。
ただ、ただ側に居られることだけで幸せを感じてしまっていたんです。
その煙草を唇に運ぶ指だとか
魚を綺麗に骨と身に分けてから食べる癖だとか
私が使った後のシャンプーのノズルの向きを正してくれたりだとか
毎朝歯ブラシ咥えながらお風呂掃除する、おそらく実家の習慣だったりだとか
深夜2時の人も車も通らない家の前の信号を、青になるまで待ってたりだとか。
そんなことを知るうちに青い夏がきて、赤い秋がきて、白い冬を過ぎたんです。
紡いではほつれていく、蜘蛛の巣のように
私たちは同じことを繰り返しました。
いつも謙虚で、嫌味なの?と言いたくなるくらいの腰の低さで。
私のことをいつも気にかけてくれる貴方に、
だんだんと、口にすることができなくなっていたんです。
『私たちって、なんだっけ』なんて。
素直に好きと言えたなら、なんてそんなヒロインみたいなセリフ吐く資格すら
私にはないような気がして。
『関係に名前がついたら終わりだよね』なんて
ちょっとかっこつけて赤ワイン揺らして、貴方から目を流して、本音を一緒に流し込んで。
あんなに綺麗にドライフラワーぶって、貴方の前で取り繕わなければよかった。
どっちでもいいよとか、なんでもいいよとか、人によるよとか、場合によるよとか、
そういう期待ない適当な返事ばっかしていた私だったはずなのに。
少しでも気に入られたくって
餃子の気分だなって言ってみたり、
タクシー拾う手を無理矢理繋いで、三駅くらいなら歩きたいなんて言ってみたり。
ヒロイン気取って気持ちよくなって、あなたと繋がって、気持ちよくなって。
貴方は驚いてくれるのかな。見透かされてたりするのかな。
私、本当はね、そんな綺麗な可愛らしい、わかってる風な女じゃないんです。
本当は貴方が欲しいし、貴方に会いたいって駄々こねたいし、喧嘩だってしてみたいし
電話切りたくない、とか言ってみたかったし。
貴方となんとなくで会わなくなってから、会えなくなってから
私の生活は少しずつ変わっていきました。少しだけどね。
もう私の服に煙草が香ることはなくなりました。
骨の多い魚は食べなくなりました。
シャンプー、ボディソープ、メイク落とし、トリートメント、洗顔なんてデタラメな順番に並んでても平気です。
あのとき白かった浴槽に今は、水アカがこびり付いてます。
赤信号だって、本当は、右も左も、もう一度右も見ずに渡っちゃいます。
これが私です。実は。
それでね。
『私は今日、貴方じゃない人と、永遠の愛を誓います。』
貴方は驚いてくれるのかな。
そんな言葉を最後に貴方に。鍵をかけるように貴方に。
髪は綺麗にセットされました。白く長い尾を引く私を見て
お父さんもお母さんも、泣いてくれてます。
高校の同級生も、綺麗だよって、おめでとうって。笑顔で泣いてくれてます。
彼は緊張してるみたいで、大丈夫?と私に聞きながら、全然大丈夫そうじゃなくて笑っちゃいます。
10:53 『貴方の隣で咲いてる間、幸せでした。いってきます。』
長い文章を打ち終わって、席を立ちました。
ずっと私の一番大事な人が、大事だった人が最後に送ってくれた言葉です。
『おめでとう。ごめんね。ありがとう。
そういえば、春がきますね。
幸せに、なってください。』
D.C