ノンフィクションフィクション
くしゃみをしていた。
この季節になるとあの子は目をかきむしり、鼻をかみ、くしゃみをしていた。
辛いんだね、と言ったものの
代わってあげたいとは全く思わず、丸まったティッシュを引き取り
さっき買ったコンビニの袋に投げ入れ結んだ。
優しくあろうといい格好して本心では何も考えず生きていた僕の悪い癖。
神戸から上京したのは2015年の3月。
上京直前に、卒業式に袴で出席したあの子の写真を撮った。あいにくの曇天だった。
頭にさした花が綺麗だった。あの時僕はちゃんと 綺麗だね と伝えただろうか。
気の利く僕の性格だから、きっと伝えているだろう。
気を利かせて言った綺麗だねなんかいらないよな。
娘のような彼女だった。
なんでも僕がやれてしまうから、本当は彼女がやれることも僕がなんでもやってしまっていた。
そのくせあの子に『なんでも委ねて娘みたいだな』と質の悪い植物みたいな棘でツンとしてしまったこともあった。許してくださいって今なら言える。言わないけど。
上京するときは、僕の誕生日が4月だからって、『すぐ会えるね』なんて言って
全然泣くような雰囲気でもなかった。新神戸駅のホームで手を振るあの子を覚えている。
ほどなくして遠距離に負け、関係はほどけた。
僕はくしゃみが止まらない。
東京に出てきて5年目の春。これが花粉症というやつか。
鼻水は止まらず目がかゆい。誰か代わってくれよ。
ついこの前、あの子が来年の1月には結婚するかもしれないという話を聞いた。
心からおめでとうと思えた。興味をなくしたわけではない。
むしろ5年の間、どこか心の奥底にじっと体育座りしていて、たまに覗くと
やぁ元気かい、僕は元気だよ、たまには顔だしてね、と話しかけてくるような感情。
娘のようだったあの子は今、同棲中の彼のため、掃除洗濯炊事はもちろん確定申告のお手伝いなどもしているしい。
『親みたいなことしてんねん今。信じられへんやろ。』と困り笑いをかますあの子を見て、気を抜けば泣いてしまいそうな郷愁を感じた。
結婚したらもう会えないね。という言葉に、凪を保っていた僕の心臓は揺れた。
『幸せになってください』なんて、最大級の別れの言葉だけど、今言えないと一生言えないままになるぞ。と思いつつ、連続で押し寄せたくしゃみのせいにして今はいいやと喉奥にしまった。
2人でくしゃみをした。
「やっと辛さわかったか。」とニヤつくあの子に、冗談めかして
『あのとき分かってあげられなくて すまん。色々。』 と返した。返せた。
「幸せになれるといいね、私も、あなたも。」あの子が口に出した言葉の温度感がちょうどよく、その答えで充分だと思った。
何事も0か100かじゃなくてもいいですか。僕は君に今、20くらいだよ。